最近、友人が次々と移住している。
主な移住先はフランスの地方都市だが、なんと、その辺に牛や羊がいるようなド田舎に移住した人までいる。パリに住んで15年、こんな移住ブームは初めてだ。
アプリ開発会社に勤めるバート (37)と出版社に勤めるアンヌロリー (37)は昨年、山と湖に囲まれたアルプ地方のアヌシーに移住を決めた。自然の中で暮らしたい、でも小洒落た雰囲気が好き、そんな二人にぴったりな町だ。
長年あたためてきた計画だったが、ロックダウンをきっかけにとうとう実行を決意。バートはテレワークで現在の仕事を続け、アンヌロリーは思い切って出版社を辞めて、フリーランスでキャリア・デザインのコーチをしている。将来は自分たちで作ったクラフト・ビールの店を開くのが夢だ。
グラフィック・デザイナーのギヨーム (36) とWEBコンサルティング会社を経営するタマラ (35)は、ブルターニュ地方の田舎に古い一軒家と畑を購入した。現在2歳になる子どもの誕生をきっかけに、数年前に購入したパリの小さなアパルトマンを売却。昨年3月の最初のロックダウン直前に移住した。仕事はどうするの、と他人事ながら心配したが、当面はテレワークで現在の仕事を続けながら、一軒家のリノベーションをしたり、自給自足の生活を目指してパーマカルチャーに取り組んだりするそうだ。
パリの暮らしは魅力的だ。朝はアパルトマンの下のカフェでコーヒーを一杯、ウエイターとの世間話から始まる。お昼は行きつけのビストロでランチ。週末はテラスでアペロ(夕食の前の一杯のことをフランス人はこう呼ぶ)、それから友人たちと話題のレストランへ。毎日どこかでコンサートやイベント、面白い展覧会が開催されている。
カフェのトイレは半端なく汚かったり、築百年以上のアパルトマンで水漏れは日常茶飯事だったり、そこで慌てて修理業者を呼んでも全然来てくれなかったり…と、とてつも無く不便なことも多いが、そのお洒落さといい加減さのアンバランスも魅力?なのだ。
移住を決めた友人たちもそんなパリをこよなく愛していた人たちばかり。それなのに、どうして今そんなパリを離れることにしたのだろう。
フランスではここ数年パリへの人口集中は終わり、地方回帰の時代になったと言われている。持ち家志向が強いフランスの30代にとって、高騰したパリの不動産の購入はもはや不可能に近い。この世代は環境問題にも敏感で、パリの大気汚染にうんざりしている。
さらにパリに住む私たちは「まさか」という出来事を立て続けに経験してしまった。
2015年のパリ同時多発テロ。この頃のパリの人たちはまだまだ強気で、あえて事件現場の近くのバーに集まって、「私たちは負けない!」というメッセージを出す友人もいたものだ。
そして、2018年から始まった黄色いベスト運動。フランスはデモが多い国なのですっかり慣れていたつもりだったが、職場の前で暴動が起きて、建物の中に一時的に閉じ込められた時は、さすがに焦った。
当時バスティーユ広場のそばに住んでいたのだが、実はバスティーユ広場からレピュブリック広場というのは、デモ隊が必ず通る大通り。デモ参加者と警察の激しい争いが続き、催涙ガスの煙の中、保育園帰りの娘を抱きしめて走って帰ったこともある。わりとワイルドな状況も耐えられる方だが、娘のことを考えると、このままではまずいかも、と思い始めた。
そして、今回のコロナ渦。ご存知の通り、フランスは昨年から、2度のロックダウンと夜間外出禁止令、今年3月末から3度目のロックダウンに突入した。1度目のロックダウンが決まった途端、車に荷物をのせ、急いでパリを脱出する人たちをたくさん見かけた。テロがあっても暴動があっても、ワインを片手にテラスで語り続けるパリの人たちだが、今回ばかりは慌てたようだ。
そんな一連の出来事で私たちの大切なものランキングはすっかり変わってしまった。パリのおしゃれなライフスタイルなんて、今となってはそんなに大切なものじゃないのかもしれない。どうせみんな一日中部屋着生活なのだ。雑誌に載っているような素敵なこじんまりしたアパルトマンだって、ロックダウン中には息苦しいだけだ。仕事もテレワークが一般的になった今、生活費が高いパリ市内に住む必要はない。それにたとえコロナ渦が収まっても、パリではいつまた暴動が起こるか分からない…。
そんな感じで大切なものランキングが大幅に入れ替わった結果、1位に躍り出たのが「自然に囲まれて暮らしたい」だったり「何かを作り出す仕事がしたい」なのだ。コロナ渦の先が見えない毎日の中で、これまで漠然と描いていた「こんな風に生きたい」がはっきりしたのだと思う。
さて、この移住ブーム、一時的なものなのだろうか?
確かなことは、かつて豊かな生活に憧れて都会に集まってきた私たちは今、その豊かな生活を地方に見出している、ということだ。Zoom飲みでパリに住む私たちが背後にぼかしや微妙なバーチャル背景を入れる中、パリ脱出組はここぞとばかりに、鳥のさえずりと共に庭をバックに現れる。パリのルーフトップでカクテルを飲む写真をSNSに載せていたあの人は、今では田舎の家で手作り料理を食べる写真を載せている。まったく、いろんなことが変わったものだ。
ついこの間までマスクをしていたらあんなにバカにされたのに、今じゃみんなつけているんだもの。そりゃー、人生観も変わりますよね!
タルト・オ・ポム・バナーヌ