目黒区八雲の閑静な住宅街にあるボタニカルアレンジメントを手がける「TSUBAKI」。

 

海外メゾンのイベントのしつらえや、個人邸から施設の庭づくりまで、さまざまな場で花と植物の生命力を表現し、植物の力を生かした空間づくりを提案するユニットだ。

 

アトリエを訪れてまず目にするのは、丁寧に手入れされ、美しく造られた庭。

 

庭のシンボルのような一本の柳の木の下には大きな壺があり、中には近所の小学生たちが覗きに遊びに来るというメダカが。季節の花が咲き誇り、瑞々しい新緑が輝く季節にこの庭を訪れられたことにひとしおの喜びを感じる。

 

 

庭先から少し入ったところには、こぢんまりとした手作りの小川が流れている。

 

ここだけ流れる空気が違うと思うくらいに潤いを感じる空間だ。

ついつい大きく深呼吸をしてみたくなる。

 

 

古い倉庫をリノベーションして、一階は庭付きのアトリエ、2階は住居になっているTSUBAKI。

 

このアトリエのオーナーが、宮原圭史さんと山下郁子さんご夫妻だ。

 

飾ることなく、とても優しく自然な佇まいで、柔らかく話をされる。あの庭が心にスッと潤いを与えてくれる理由が、お二人にお会いするとわかる。

 

 


 

山下
庭だからとか切り花だからとか区別なく、私たちのやっていることは植物で場をしつらえるということ。

 

宮瀬
いわゆる”お花屋さん”とは違いますね?

 

山下
あれっ、お花ないの?」ってよく言われます(笑)お花は、オーダーメイドで注文をいただいて、その時ギリギリに市場で仕入れて必要なだけを買ってきて、一番新鮮な状態で提供します。余り規格化しないで、ちゃんとその人の気持ちや思いを全部聞いて、季節のものを選んであげたいんです。

 

宮瀬
個人邸や施設の庭作り、ある程度の広いバルコニーのプランニングも手がけられてますよね?

 

山下
この大きさ以上じゃないとというのも決めてはいなくて。ただ、やっぱり私たちが大事にしている価値観だったり、もの選びだったりを好きだと思ってくださる方にはコーディネートも考えの部分もしっかり伝えています。

 

どちらかというと一つだけ植物を選ぶみたいなお買い物だったら、今植物屋さんが豊富にあるので「自分で大好きなものを選びに行った方がいいと思います」って伝えるんですけど、空間を丸ごと見て、この場がどうあるといいかというところで幾つかコーディネートする時には、室内外問わずやらせていただいています。

 

 

アトリエのスペースには、確かに切り花は置かれていない。

 

いろんな種類の切り花や枝ものが並べられているいわゆる”お花屋さん”とは違い、まるでギャラリー空間のような凛とした空間だ。

 

TSUBAKIでは、海外メゾンのイベントから個人邸に至るまで様々な「場づくり」を行っている。

 

また、都会の暮らしの中で自然本来の姿を感じられる屋内ビオトープ(biotope)「OYAMA」も提案。

美しい苔が表面を覆い、シダなどの山草が生い茂る。窪みにはメダカも生息し、まるで山から植物、水、魚の生態系が切り取られてきたかのようだ。

 

日本の山々の景観を身近に楽しめるようにと考案された。

 

 

山下
私たちおしゃべりするのがすごく苦手なんですよ!本当にいつもこういう取材があった後は二人でへこむんです。

 

宮原
感覚を言葉にできなくて。理屈を言葉に落とし込めれば説明できるんでしょうけど、感覚の割合が大きすぎてまだ伝えることが難しい。

 

山下
数年後に言葉にできているのかな。そういうことも多々あるのかなと思ってはいるんですけど。と、少し照れ臭そうに笑いながら、互いをフォローし合うお二人の素直な言葉はとても優しく、誠実だ。

 

山下
コロナ禍ではまだ展示会はやっていないんですけど、それまでは過去に3回ここで展示会をしました。

 

「私たちが今何を考えていて、何が好きで、どんなことをしたいのかというのを表現する場を自分たちで作ろう」って言って始めました。

 

その展示会でどうしても苦戦したというのが、自分たちの作品や思いを言葉にするということだったという。

 

 

宮原
言語化できない自分たちに驚き、悩みました。

 

山下
でも、1年経ち、2年経って、あの時言葉にできなかったことって、この思いだったんだとか、それがちょっとずつ出てくるんです。たぶん感じていることが消化しきれていない、理解しきれていないのか、心だけで動いてしまっていたんですね。

 

 

宮原
感覚はすごくわかっていて、自信もあって、やりたいことは明確にあるんですけど、理由とかがうまく言葉にできなくて。

 

宮瀬
でも、アーティストの皆さんは感覚をアートで表現されるわけだから、本来言葉が追いつかない部分が作品になっているのかなと思うのですが?

 

 

山下
作品に全ては込めているから、生けた花を見て、作った庭を見たら、全部その時の感情を思い出します。私たちの表現を詰めているので、作品を見てくれればそれでいいっていうのは一番強くには思うんですけどね。言葉にできない言い訳ですけど(笑)

 

言葉にしているものより、作品の方が私たちらしいのかなっていうのもいつも思っています。

あふれる感情で形にしていくので。

 

宮原
それでも、ちょっと反省してます。あまりにも小学生みたいな答えになってしまって、恥ずかしくて。

 

宮瀬
これだけ作品で自分の思いを表現できたとしても、さらに言葉でも伝えたいって思うものなんですか?

 

宮原
伝えることが言葉に、文字になった方が伝えやすいじゃないですか、現場にみなさん来られるわけではないのでね、文字がビシッとくるとすごいなって。

作品の背景にある思いが言葉の力でより強くなって伝えられたのではないかと感じることを何度か経験したので、とても意味のあるものだと思っています。

 

山下
私も言葉はすごく大事だなと思っています。

言葉になった時に微妙にニュアンスが変わっていったりすると、一つ一つ言葉の大切さや重さ、難しさを再確認します。

 

 

 

言葉にならないものを表現し、見る者の心を揺さぶる。

 

それだけで十分かとも思うのだが、二人にはまだ伝えたい思いがある。

 

 

たくましく美しく生きる植物の姿に心を奪われるたび、この思いを届けたくなる。

そんな日々の感動から TSUBAKIの場づくりはうまれています。

 

- EXHIBITION 2019 TSUBAKI の場づくり より引用 -

 

 

植物と真正面から向き合うからこそ生まれる思い。誠実な仕事と人柄ゆえに、その思いをできるかぎりそのまま伝えたいと思う葛藤があるのだろう。

 

アートとことば。

 

個々でこそ伝えられるものがある。しかし、それらが補完し合うとき、より多くの人に、より多くの魅力を伝えられることができるのかもしれない。

 

偶然にも互いを補完しながら話をされる二人の姿と重なった。

 

これから先もこれだと思えることばを時間をかけて探していくのだろう。

 

#memo

#植物で場をしつらえる #規格化しない #価値観 #もの選び #場づくり #言語化できない

——   1年経ち、2年経って、あの時言葉にできなかったことって、この思いだったんだとか、それがちょっとずつ出てくるんです。   ——